『R-1ぐらんぷり2020』のファイナリストとして出場したギター芸人SAKURAIさん。
ギターを使用した歌ネタで一見よくあるネタかと思いきや、”クイズ芸”という今までにない芸風で2020年に流行ること間違いなしでしたね!
独特なテンポで入る「ハッ」もクセになる面白さでした。
ところが、SAKURAIさんの芸歴は今年で21年。
「今までどこにいたの?」や「なんで売れなかったの?」と話題になっていますが、今の芸風になるまでは紆余曲折のある苦労人人生だったようです。
今回は、そんなSAKURAIさんの今の芸風にたどり着くまでの芸歴をまとめたいと思います。
R1決勝進出のギター芸人SAKURAIのプロフィール
本名 | 櫻井 徹(さくらい とおる) |
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生年月日 | 1978年10月26日 (2020年3月現在 41歳) |
事務所 | SMA NEET Project |
出身地 | 徳島県 |
学歴 | 鳴門市立鳴門工業高等学校卒業 |
血液型 | A型 |
趣味 | 音楽鑑賞 |
特技 | サッカー |
お笑い芸人SAKURAIがお笑い芸人を目指すきっかけ
SAKURAIさんが芸人を目指すようになったきっかけは、中学時代に学校の文化祭で漫才をしたこと。
700人の観衆を前に、当時大阪で活躍していた「ぴのっきを」というコンビのネタをやったらびっくりするほどウケたそう。
このときの快感が、高校を卒業するころになっても忘れられなかったようです。
ですが、周りの目も気になり、芸人をやりたいとハッキリ言う勇気はなかったとのことでした。
また、SAKURAIさんは母子家庭でしたが、母親が芸能界に興味なく、「芸人になりたいと思ったらどうする?」と聞いても「やめた方がいい」と即答。
親を安心させるためにも就職を決めました。
高校卒業後は大手印刷会社の子会社に就職
高校卒業後は、徳島を離れ、単身埼玉県の工場に勤めました。
親元を離れたいという思いと大都市への憧れもあったそう。
ところが、忙しすぎたため1年で退職。
パソコン専門学校のお笑いタレント科に通いながらお笑い芸人を目指す
埼玉の工場退職後1年はフリーター生活していまいしたが、やはりお笑いやりたいと思ったSAKURAIさんはパソコン専門学校のお笑いタレント科に通うことになりました。
「一応30人くらいは生徒がいたので、毎月、相手を変えながらネタを考える実習みたいなものもやっていて。そのネタ見せの授業が終わったら、先生に連れられて高田馬場の雀荘にみんなで行って、3卓くらい占拠して麻雀を教わるんですよ。で、朝まで麻雀して『よっしゃ、代々木に戻るぞ!』みたいな生活を1年間してました。でも結局、お笑いの専門ではない学校。入学前には、卒業後は大手の事務所に入れますという謳い文句があったんですけど……そんなことも一切なく。生徒が辞め、先生も辞め……で、2年続いたお笑いタレント科自体がなくなっちゃいました(笑)」
引用元:Cocotame
結局、パソコン専門学校のお笑いタレント科がなくなってしまったことで、お笑い事務所に進む道も断たれてしまいました。
お笑い芸人の夢を捨てきれなかったSAKURAIさんは、残った仲間から相方を見つけて、事務所のオーディションを受けては落ちを繰り返しました。
SAKURAIは平澤トヨトと「ギャンブラー」を結成
SAKURAIさんは、平澤トヨトさんという相方と「ギャンブラー」というコンビ名で活動。
コンビ名は、専門学校時代に、麻雀、パチンコ、スロットと荒れ狂うくらいギャンブルをやっていた経験が由来でした。
ところが、当時のSAKURAIさんは、「ネタは相方が書いてくれてたのに、スベれば相方のせいで、ウケれば俺のおかげだ」と偉そうにしていたことで、相方に愛想をつかされて解散になってしまいました。
その後はピンでネタをやってみたり、ほかのコンビに入れてもらったり、誰かと新しいコンビを組んだりするものの、全然長続きせず。
また平澤トヨトさんから再度声をかけてもらって、また同じコンビに戻る。
10年間で4回ほど経くっついたり離れたりを繰り返したそうです。
SMA NEET Projectとの出会い
SAKURAIさんが26歳になる頃、現在所属している事務所の「SMA NEET Project」に出会いました。
SMAはオーディションもなく、面接すれば誰でも入れる事務所だったそうです。
SMAに入ってからは、コンビ名を「背水の人」に変え、普通のツッコミ方から、わざとユルく“どした~?”“気は確かか~?”とツッコむソフト路線のコントをやるようになりました。
それが結構ウケて、観客投票でランクが決まる事務所の定期ライブで、上のほうにいるように。
ところが、SMAに入って5・6年過ぎた時にSAKURAIさんから4回目の最後の解散を切り出しました。
解散を決めた理由は停滞だったそう。
ふたりでぶつかり合いながらやっていたから、良い化学反応も起きてものすごくおもしろいコントになることがあったんです。でも30を過ぎると僕も多少大人になって、ネタを書いてくれる相方を尊重して、相手のせいにするのをやめた。トヨトの言う通りにやって、自分の意見を言わなくなったんです。だけど、それじゃ化学反応が起きない。喧嘩もしないけど、飛び抜けて良いネタもできなくなったんですね。それで、ふたりでやるのはもう潮時かと思い、ピン芸人としてやっていこうと決めました
引用元:Cocotame
【動画・画像】ピン芸人SAKURAIがギターで歌ネタクイズ芸に辿り着くまでの芸風
ピン芸人SAKURAIがギターで歌ネタクイズ芸に辿り着くまでの芸風は紆余曲折がありました。
- 緑の全身タイツを着て、顔が全部隠れるカボチャのマスクをかぶって、ギターを弾きながらカボチャの歌を歌うネタ
- 陣内智則さんのような音ネタ
- 手かせ足かせを付けてボロボロの服を着て、元お笑い芸人だけど借金がふくらんで、今は地下労働施設で働かされているっていうキャラ
- 女装して、旦那と別れたばかりという設定で赤ちゃん抱えて、わざとウケないことをしゃべるスベリ芸
- 点滴器具を抱えて登場する病人
- ライブ前にゾンビに噛まれ、舞台でモノマネをしている最中に首から血を流しながらどんどんゾンビ化していく芸人
- 葬式の司会で芸人のように前説をする男
数年間は、自分のハマるキャラを探し続けました。
その中にギターネタもあり、周りの芸人仲間には評判がよかったそう。
ギターネタといえば売れっ子も多く、出尽くされていて自分には新しいものは作れないと思っていたようですが、元相方の助言もあり、真剣にギターネタに向き合うようになりました。
ギターで歌ネタクイズ芸に辿り着くきっかけは”大井町線の開くドアの位置”
ある時、派遣会社の登録会に行こうと、電車に乗ってドアに寄りかかっていたそう。
すると、必ず寄りかかってるほうのドアが開く。それで左右のドアの前を行ったり来たりするハメになって。“なんだよ、さっきから移動したほうのドアばっかり開くよ……”と心のなかで毒づいてたら、ふと浮かんだんです。“あれ? ちょっと待てよ。この状況にメロディをつけたら、めっちゃ歌になるんじゃないか?”と。とりあえず登録会には行って、急いで家に帰って押し入れからギターを出して、曲をつけてみたんです。
それが、今話題のギターを使った歌ネタクイズ芸のきっかけになりました。
それが2019年の秋の出来事。
そこからは、すぐに11月の『有田ジェネレーション』が決まり、芸歴21年目で初のテレビ出演。
有田さんたちからは、21年間テレビもラジオも出ずなんで芸人辞めなかったんだ!”といじられ、レギュラー出演の権利ももらえました。
2020年1月には『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』の新人発掘企画“山-1グランプリ”に出演。
『R-1ぐらんぷり2020』でも、ファイナリストとなる快挙を成し遂げました。
ギターネタ以外に気に入っているネタは
ギターネタ以外に気に入っているネタベスト3も公表していました。
- 前説ネタ
- アップルくんを探せ!
- シングルマザー漫談
ギター芸以外のネタも是非見てみたいですね。
まとめ
2020年、大ブレイクの予感のSAKURAIさん。
ギター芸人でもクイズ芸という新しい芸風で、バラエティでも重宝されそうですよね。
今後のご活躍をお祈りしています。